ゆでたまころころ 

適当にやってる大学生のブログです

ヘッセの『車輪の下』を読んだので、外国小説っぽく感想を書いてみる

 

色々あって更新出来てなくて申し訳ないです

今回は興味がある方のみどうぞ~

ちな『車輪の下 』未読だとよく分からないと思います

車輪の下 - ヘルマン・ヘッセ & 実吉捷郎 こっちはiTunes

 

 

 

 

 

 かわいそうなハンス・ギーベンラート!

彼が一体何をしたというのだろうか。彼は死んだ。車輪の下敷きとなって。周りの期待を一身に受け彼は死んでしまったのだ。誰が彼を救えたのだろうか。ハンスに母親がいれば、あるいは側にヘルマン・ハイルナーが居てくれればと私は考えざるをえない。しかしそれはどれも推測にすぎず、彼が死んでしまったという事実は不変のものであり、今更どうにもならないことである。

ハンスは幼く、彼の力では車輪を持ち上げることは不可能であったし、ましてや周りに車輪を持ち上げてくれる人はいなかったのだ。彼が助かる術があったとしたら、それは友であるハイルナーを見捨て、黙々とラテン語ヘブライ語を覚えるという方法しかなかった。少なくともそうしていれば彼は下敷きにならずには済んだだろう。しかしそうして出来るのは、自然のままの粗野な力と、欲望を押さえつけられて取り除かれた代わりに、穏健で中庸な国家の認める理想的な人間像なのである。彼の死の最大の原因はその非凡さ故であることは明白であったし、非凡が故に車輪に轢きつぶされたハンスは、社会に殺されたと言ってよいだろう。

それにしてもかわいそうなハンスの死に、ハイルナーは一体どうするのだろうか!彼は悲しむであろうが、ハンスの親友でありながら、彼にハンスの死を知る術はないとは皮肉なものである。いや、あるいはハンスの周りの者が、以前彼が自殺用に書いた遺書を見つけ、ハイルナーに送るかもしれない。しかしながらそれは、車輪に潰されたハンスの死が自殺という形で処理されてしまう危険性をもはらんでいるのである。

何もかもうまくいっていた天才ハンスの死は一時的にあの小さな田舎町を騒がせはするだろうが、ヒンディンガーが死んだときと同じく、人々は一定の時がたてばドアを乱暴に閉め始め、何事もなかったかのようにりんごジュースを飲むのだろう。

私が願わくば、ハンスのような運命にあう少年が再び生まれないことである。

 

 

車輪の下 (新潮文庫)